3.
安全対策
ここでは、短期滞在の場合の対策を考えてみます。
(1) 情報とその解釈
「十分注意してください。」
その国・地域への渡航、滞在に当たって特別な注意が必要であることを示し、危険を避けていただくよう、おすすめするものです。
「渡航の是非を検討してください。」
その国・地域への渡航に関し、渡航の是非を含めた検討を真剣に行っていただき、渡航される場合には、十分な安全措置を講じることをおすすめするものです。
「渡航の延期をおすすめします。」
その国・地域への渡航は、どのような目的であれ延期されるようおすすめするものです。また、場合によっては、現地に滞在している日本人の方々に対して退避の可能性の検討や準備を促すメッセージを含むことがあります。
「退避を勧告します。渡航は延期してください。」
その国・地域に滞在している全ての日本人の方々に対して、滞在地から、安全な国・地域への退避(日本への帰国も含む)を勧告するものです。この状況では、当然のことながら新たな渡航は延期することが望まれます。
(b) 危険情報の構成
危険情報は、一定の基本形により構成されています。
しかし、重要なのは、上記(a)のような4つの目安そのものより、本文に書かれていることです。本文に記載されている具体的な危険に対して十分な対策をとれるかどうかが判断の分かれ目です。
一般の人が危険情報の出ているところに行ってもよいのは、「十分注意してください。」 という最低レベルの危険情報が出ている場所で、そこに書かれている具体的な危険に対して十分に対策がとれる場合です。
「渡航の是非を検討してください。」 という危険情報が出ている場合は、元々危険のある地域を業務対象としていて、そのような危険に対して日頃から組織的に対策ができている企業等の人が仕事で行く場合以外、危険です。
(c) 危険情報をどう解釈したらよいかわからなかったら
上記(b)にその一端が示されているように、危険は、旅行者本人の危険対策能力との相対的な関係で
判断する必要があります。しかも、同じ国の中でも、場所によって異なり、また、時期や季節によって変わります。不安を感じたら経験者にも相談し、それでも
なお不安があればやめておきましょう。そして、安全対策が十分にとれるように情報収集し、対策について学び、行ける条件が整った時に行きましょう。
(2)
行動
予めわかっている具体的リスクへの対応が不可欠なことは言うまでもありません。外務省の海外安全情報等にはかなりよく情報とそれへの対処のしかたが出ているので、それに従った行動をとりましょう。
しかし、現実には、海外安全情報等にあるものが実際に直面するリスクの全てではありません。事前に想定できなかった事態への対応も不可欠です。そのためには、
一般的知識、柔軟性、健康、現地での情報収集の力、他の人の力を借りる力などが重要です。
それでも
なお、けがをしてしまったり、病気になってしまったり、現金、パスポート、航空券、カード等の貴重品を盗まれてしまったり紛失してしまったり、或いは詐欺
に遭って閉まったりすることがあり、そのような場合に善後策をとる力が必要です。それには、旅行保険のように事前に備えておくことで対応力を大きく補うも
のがある一方で、事前に想定できなかった事態への対応と同じく、そのような事態への対応についての一般的知識、柔軟性、健康、現地での情報収集力、他の人
の力を借りる力などが重要です。
(3) 旅行保険
保険会社から直接支払ってくれる病院でないと行きにくいという現実の問題があります。これは、病
院に行く事態に備えて多額の現金を持っていくのは現実的でないからです。国及び病院によってはクレジットカードで払え、後から保険会社に請求する方法もな
いわけではありません。しかし、いずれにしても、病院に行く前に保険会社に電話(無料電場。それが使えない場合は、保険会社がすぐにかけ直してくれる方法
になります。)して相談してから行くことで、トラブルの可能性を最小限にできます。
行き先によって、保険項目毎の必要金額が異なります。日本語で良い医者にかかれる国。重病・重症
の患者に対応できる病院が無く、他国に搬送しなければならない国。家族が急にかけつけようとしても、航空運賃がとても高い国。そういった違いがあるので、
レディーメードの保険ではなく、行き先の状況に応じて各項目の保険金額を設定することをお勧めします。なお、いったん事が起こると家族の救援費用が非常に
大きなものになりがちですが、そのような事件の頻度がごく小さいので、掛け金はごくわずかです。
(4)スタディーツアーなどの場合の主催者側と参加者側の対策
(a)
主催者側の対策
<計画以前の対応>
1) 担当者・引率者が、実施方法及びリスクへの対応方法について学ぶ。
2) 担当者・引率者は、日頃から現地の危険情報について、関係機関からの情報収集に努める。これには、外務省の海外安全情報のメールマガジン(毎日発行)の購読を含む。
3) 担当者・引率者の開発途上国調査等の経験を深める。
4) 主催者は、関連団体への参加等による包括的な対策をとる。
<計画における対応>
1) 現地の危険情報について、関係機関からの情報収集に努める。情報源としては、外務省の海外安全相談センターとそのウェブサイト、検疫所の海外旅行者ホームページ、米国国務省の海外旅行等ウェブサイト等がある。
2) 行き先として、リスクの高い国や土地を選定しない。
3) 安全性に問題のある航空会社は利用しない。
4) 情報入手、レンタカー会社紹介等に関し、現地の情報に詳しい機関等からの協力をとりつける。
5) 日程には余裕を持たせ、それにより、参加者及び引率者の疲労を抑え、また、予定外の事態の生じた際に対応しやすくする。
6) それ以前の実施により得られた安全情報、人との関係等を活用して、安全対策を更に確実なものにする。
7) 宿泊先の立地、設備等に関し、安全性及び快適性を重視する。
8) 海外旅行に伴う感染症を扱う医療機関及び医師の存在を確認する。
9) 宿泊先、旅行会社、航空会社等に対しては、必要以上の個人情報を出さない。
10) 集合地・解散地は、原則として日本国内とする。現地もしくは経由地での集合・解散を希望する参加者があった場合は、その理由や参加者の能力等について慎重に評価した上で判断する。
<現地訪問の前>
1) 現地の危険情報について、関係機関からの情報収集に努める。
・ 外務省から渡航は望ましくないとの情報が出た場合など、訪問の危険が高くなった場合等には中止する。
2) 参加者に対しても危険情報を、リスク回避策とともに十分に説明し、理解させ、犯罪対策、安全対策、
健康対策等、参加者自身がとるべき対策をとらせる。また、万が一に備えて、旅行保険に入らせる(クレジットカード付帯の旅行保険は不十分であるので、それ
とは別に旅行保険に入らせる。)。
例えば、
・ 「海外安全虎の巻(海外旅行のトラブル回避マニュアル)」を外務省海外安全相談室から提供してもらい、配布する。
・ 紛失等の場合の再発行に備えて、パスポートのコピー、予備の写真等の携行も参加者にさせる。
・ 病
気を抱えている参加者については、可能であるとの医師の助言無しには参加させない(逆に、医師が参加してもよいとしている者を拒否することはしない。)。
「エコノミー症候群」になりやすいとされる中高年で血管の内側が傷みはじめている者、以前に血栓のできたことのある者、大きな手術をした者、骨折直後の
者、ガンにかかっている者、生活習慣病の者、妊娠中の者、ホルモン剤(経口ピル等)を飲んでいる者についても、医師の助言の下に判断する。
・ 常備薬等を携行させる。
・ 土埃、衛生的でない水道水、機内の乾燥等に鑑み、コンタクトレンズ常用者にも、眼鏡を携行させる。
・ 停電に備えて懐中電灯等を携行させる。また、不可欠な携行品については、電気がないと機能しないものは避けることを指導する。
3) 集団の一員として求められる集団行動をとること、引率者等の指示に従うこと、滞在国の法令を遵守
し、かつ、現地の慣習を十分に尊重すること、実施期間中に不測の事態の起きた際には対応に協力すること、主催者が管理することができないことに起因する死
亡、負傷、疾病、逸失、損害等については参加者とその家族等が責任及び必要経費を負担することについて、参加者及びその保証人(家族等)から確約書を提出
してもらう。
4) 参加者の旅券の残存有効期間、黄熱病汚染地域への入国等について確認し、入国を拒否されるおそれのないことを確認しておく。
5) 参加者の海外渡航について手続きが規定されている組織からの参加者は、その組織の規則に基づく手続きを完了させておくよう求める。
6) 現地で使用可能な携帯電話を携行するかまたは現地でのレンタル等を行う。但し、送受信可能なのは、主要都市付近のみであるようなこともあるので、過信しない。
7) その国への渡航者が少ない場合などすることにより、それが実際的であれば、現地日本大使館及び駐日大使館に対し、日程等について連絡を入れておく。
8) 万が一に備えて、主催者としての対応が必要になる救援経費及び賠償責任経費を主体にした旅行保険に
入る。(そのような保険は、主催者自体の必要経費を賄うものであり、ツアー参加者やその家族が必要になる経費を賄うものではありません。ツアー参加者は、
別途自分で旅行保険をかけて、自分自身に必要になり得る経費、家族が救援にかけつけるための経費等を賄う必要があります。)
9) 主催者の事務所に、詳細日程、現地連絡先、参加者の緊急時の連絡先、パスポートのコピー等を残す。また、現地には、主催者の職印等の緊急連絡先の控えを携行する。
10) 病気へのリスクの軽減のためには、健康体であることも重要であるので、参加者には、現地に行く前の健康の維持について注意喚起する。
11) 緊急医薬品等を携行する。また、特に、医師、看護師等の医療系の資格と実務経験を持つ参加者がいる場合には、緊急時の協力を要請しておく。
12) 万が一事故、事件等に遭遇した際の緊急対応について、主催者の体制を整えておく。
<現地訪問中>
■
総合対策・複合的対策
1) 大使館、JICA等から、安全、衛生等についての最新の情報を得る。
2) 安全、衛生等に関して日本とは異なる条件の場所にいるという意識を持つ・持たせる。
3) 大使館、警察、病院等の電話番号等の情報を携行する。
4) ホテルでは、避難経路、危険な箇所、防犯上のリスクのある場所等の点検を行い、必要に応じ、ホテルとの交渉等を行う。
5) トイレのある場所等について調査しておく。
■ 防犯
6) 空港等では荷物から離れない・離れさせない。離れる際には見張りをつける・つけさせる。小さな荷物は足の間に挟むなどする・させる。
7) 防犯対策並びに現地の慣習に合わせる観点から、服装及び行動は突出しないように注意する・させる。高価に見える貴金属製品は身につけない・つけさせない。
8) 貴重品は、ホテルのセーフティーボックスに預ける。パスポート等、携帯が必要な貴重品については身につけるが、すられにくい場所とし、かつ分散する・させる。
9) 犯罪を誘うおそれのあるような文言の入った衣類は身につけない・させない。
10) 特定の国、とりわけテロの対象になっているような国に関係したデザインの衣類(例えば、イラク攻
撃の主体になった米国、英国、オーストラリア、また、イスラエル等の国旗のデザインされた衣類)、特定の宗教を信奉していないにかかわらず特定の宗教を表
示するデザインの衣類や装身具(例えば十字架)は身につけない・させない(もっとも、それぞれの宗教の慣習に従った行動や持ち物については尊重し、否定し
てはならない。)。
11) ウェストバッグは避け、最低限、ウェストバッグには貴重品を入れない・入れさせない。バックパッ
クには貴重品を入れない・入れさせない(必要に応じ、背負うのではなく、体の前に抱える。)。ポーチ、ショルダーバッグ等も、目の届かない背中に回すこと
をしない・させない。
12) 見知らぬ人からの誘いや依頼には乗らない・乗らせない。また、宿泊先、連絡先等を教えない・教えさせない。見知らぬ人からもらった食べ物・飲み物は食べない・食べさせない・飲まない・飲ませない。
13) 他人をホテルの自分の部屋に入れない・入れさせない。
14) 交通他の安全に注意する・させる。
15) タクシー等を利用する際には、大使館等からの助言に従って信頼のおけるところを選択する。
16) 単独行動はしない・させない。
17) 人目のない路地には入らない。
18) 夜間の外出は慎み、外出する場合も、集団でかつタクシーを使用する。(但し、タクシー運転手が強盗になるリスク等について慎重に評価しておく。)
19) 知らない人の荷物は預からない・預からせない。(麻薬等の密輸品であることがある。爆発物であることもある。)
■ 衛生・健康対策
20) 十分な睡眠時間を確保する。疲労、睡眠不足等の見られる参加者は休ませる。
21) 生水、氷、生ものは口にしない・させない。調理後に時間が経っているような食べ物、皮が剥いて
あったり切ってあったりする果物も口にしない・させない。深刻な障害の残る寄生虫症(嚢尾虫)等のリスクがある国では、形状のために洗いにくいレタス、柔
らかいために洗いにくいイチゴ等、生の野菜、果物、豚肉、豚肉を使ったハム、ソーセージなどは、避ける。
22) 裸足で歩かない。
23) 動物園でさえ狂犬病の予防注射を行っていず、広く狂犬病のおそれがあるので、動物園等の動物を含め、犬その他の動物には近づかない・近づかせない。(日本は、島国という地理的条件もあって、狂犬病を排除できている、世界でも稀な国であることを意識しましょう。)
24) マラリアやデング熱のある国では、肌を露出しない服装、蚊取り線香、防虫薬等により、マラリアや
デング熱を媒介する蚊に刺されることを避ける(但し、スプレー缶は航空機には搭載できないので、ウェットタオル型など、スプレー式でないものを選択させ
る。)。その他の虫にも刺されたりかまれたりしないように注意する。
25) 紫外線対策をとらせる・とる。特に、熱帯地方、夏の高緯度地方、高標高地域では重要です。
■ 事件を起こさないための対策
26) 軍や警察の施設、空港等は撮影しない。遠景にも入らないように注意する。
27) 現地の人の撮影は、本人の合意を得ていない限り行わない。
28) 現地の習慣に注意を払い、それに従う。
29) 政府批判、宗教批判等を行わない。
また、中東などの
イスラム教国では、
駐車中の車内や公共の場所での抱擁・キスが「公然わいせつ」罪になったり、
結婚していない男女が宿で同室すること、ラマダン
(断飲食月)中の日中に公然と飲食すること等なども犯罪です。(中東でも比較的統制が弱いアラブ首長国連邦での取り締まりのについての外務省海外安全情報での警告例
はこちら。)
■ 事件に巻き込まれないための対策
30) 政争のある国においては、可能な限り、政治集会やデモの行われることのある広場、政府機関、大学等に近づかない。
31) テロの標的になりやすい米国、英国、オーストラリア、イスラエル、シンガポール等の大使館・領事館・広報文化センター・公邸、米国系のホテル、白人の集まる場所等には近づかない。
<帰国後>
1) マラリア、腸チフス等のある国に行った場合は、それらの潜伏期間が最大1ヶ月程度であることを踏まえ、帰国後2ヶ月程度にわたって、体調に異常のあった場合には報告させる。
2) 上記期間に体調に異常があって受診する場合には、渡航したことについて受診機関に説明するよう指導する。
3) 主催者内等に健康について助言を得られる体制があれば、それによる指導を受ける。
(b)
参加者側の対策
上記(a)のうち、参加者がとるべき対策を的確にとることが必要です。
(c)
主催者と参加者側の相互の信頼関係に基づいた対応
開発途上国等へのスタディーツアーの先進大学である恵泉女学園大学の経験等によれば、リスクの回避及び問題が起こった時に速やかかつ効果的に対処するためには、
主催者と参加者及びその家族等との間でリスク等についての共通認識と信頼関係が重要です。そのため、次のようなことについて、
事前に文書で確認しておくことが大変重要です。
(1)
主催者は、参加者に対して、日程の遅れまたは中止、病気、事故、事件、自然災害、個人情報の流出の可能性等のリスクについて説明し、参加者は、そのような説明及び自らの調査によって得た情報から理解した上で参加すること。
(2) 参加者は、その集団の一員として求められる集団行動をとり、他の参加者や引率者(または、加えて、現地の案内者)から成るグループや受け入れ先に迷惑をかけるような行動はしないこと。
(3) 参加者は、参加中は、引率者の指示に従い、滞在国の諸法令を遵守すること。また、滞在国の慣習を尊重すること。
(4) 万が一、不測の事故等の起きた場合、主催者との信頼関係に基づき、参加者とその家族等は対応に協力すること。引率者の指導・管理が及ばない参加者の個人行動、あるいは主催者が管理不能なことに起因する参加者の死亡、負傷、罹病、減失、損害等が発生した場合、参加者とその家族等が責任を負うこと。その場合の費用や損害の負担に備えて、自らの負担により旅行保険に入っておくこと。
★ このページの内容の作成に当たっては、学生を開発途上国等に連れて行く授業を行っている大学や大学教員で構成する「
大学教育における「海外体験学習」研究会」の各種報告書や研究会での議論、そういった大学の先生方や関係職員の方の著作や御議論等を参考にしました。