バンコク

   

バンコク
 
バンコクで別航空会社間の乗換えになり、途中降機しても料金が変わらないのを利用して、後発開発途上国であるマダガスカルと、かなり発展し、都市化も進んだバンコクと比較するとともに、バンコクの国際機関を訪問して、国際機関で働くことの実情を学びました。
 
 
次長を含め3人の日本人職員の方々が時間をとって、国際機関や国際機関で働くことの意義や心構え、現場経験の重要性なども話して下さいました。皆さん、青年海外協力隊の経験、アフリカでの経験等、多様な現場経験をお持ちの方々でした。
 
バンコク国連ビル
 
国連専門機関(国連とは別にできた国際機関で、国連との協定に基づいて、国連と連携して活動している機関)であるFAOは単独で事務所を構えていますが、国連機関の多くは、バンコク国連ビルに入っています。
 
そのうち、国連環境計画(UNEP)アジア・太平洋地域事務所を訪ね、日本の環境省から御出向の西宮次長に、国際機関で働くことについて伺いました。
 
その後、国連ビル内のカフェテリア、空席公告の掲示(国際機関では、ポストが空く毎にそのポストの空席を公告し、後任を公募します。もっとも、現在では、インターネットを利用することのほうが多いだろうと思われます。)、ゴミの分別収集の様子、国連グッズの売り場など、ビル内を見てきました。
 
左: 国連ビルのカフェテリアで  右: 国連の空席公告
 
 
左: 国連ビル内のごみ分別収集  右: 国連ビルの中庭で
 
 
タマサート大学
 
軍の演習で川が閉鎖されていたために予定していたチャオプラヤ川の定期船に乗れなかったので、チャオプラヤ川のほとりにあって、政治学等に強いタマサート大学に寄ってみました。
 
左: いくつかある入り口の一つ
右: 学生食堂。ショッピングセンターの大衆食堂と同じく、小さな店がたくさんあって、そこから好きなものを買って食べるようになっています。
 
 
タイボクシング部。外国人学生ばかりなので、タイ人学生はいないのかと聞くと、いるとのこと。この時は、タイ人学生は女子学生1人だけでした。広島大学の相撲部員がほとんど留学生というのに似ています。日本人学生も5人入っていて、うち4人が女子学生とのことでした。
 
チャオプラヤ川
 
翌日、チャオプラヤ川の定期船に乗って、上流のノンタブリの町まで行ってみました。のどかで落ち着く風景が見られました。バンコク付近のかつての様子が残っていると思われました。
 
 
 
道路の渋滞
 
バンコクの渋滞は深刻です。通勤時間帯だけでなく、日中も夜も渋滞しています。
 
日本のODA等も使いながら、交差点の立体化、高速道路の建設、高架式鉄道(スカイトレイン)の建設、地下鉄の建設等の対策を講じ、そこに1997年暮れの経済危機が加わって、一時渋滞が緩和したとのことでした。しかし、その後渋滞が再び深刻化しています。
 
私たちのホテルの前の通りは渋滞しやすいので、ホテルに帰る時、タクシーがその方向を嫌がって次々に乗車拒否するため、だいたいバスの利用となりました。一緒に夕食をとったタイ人の知人は、5キロ先から車で来るのに2時間もかかりました。このような渋滞は、経済面でも大変な損失です。
 
今では自動車の排ガス規制が導入され、1990年代初めと比べると大気汚染は改善されたのかもしれませんが、この自動車台数の伸びからは、少しも楽観できないと思われます。
 
 
左: バンコクの通りは夜も渋滞。
右: タクシーが次々と乗車拒否するのでバスでホテルに戻る。